古代塩田ゲランドの復活(その5)
2009年02月05日

1000年以上続いたゲランド塩田も、一時は荒れ果てた時がありました。
ゲランドが産むような自然海塩(風と太陽の力で乾燥したもの)がすたれ、
化学処理を施した安価な塩(化学塩)が市場に出回るようになると
ゲランドの塩も競争に勝てず、次第に塩職人さんの数も減って行きました。
1960年代、世界中で学生運動が吹き荒れた後のことです。
運動に加わった若い人たちは、
大まかに言うと、その後、もとの社会の仕組みの中に戻っていくグループ、
新たに起業して新しい仕事を始めたグループ、
そして、ふるさとに戻り、農業や地域復興に携わったグループに分かれました。
それぞれ大変なご苦労を引き受けた人生となったことでしょう。
すさんだゲランド塩田は
そのような人々によって復興されました。
営々と積み重ねられてきた人間の知恵と技を復活させようと
当時の若者たちは努力を重ねました。
そして、世襲の塩田として個人経営に任せられていたゲランド地域の製塩業を
今のようにしっかりとした組織に作り上げたのです。
組織内で一定の品質基準を作り教育活動に勤めました。
みなが協力して現在のゲランド塩のブランドは築き上げられたのです。


個人事業主である組織員それぞれが収穫した塩は、写真のように積み上げられ、
3年分のストックとなって生産調整されています。
エマニュエル: 「塩は自然の産物だから、毎年収穫にはばらつきがあるんですよ。
雨が多い年は採れませんからね。」
私: 「こんなにゲランド塩が評判になったら出荷量が不足することもありえますか?」
エマニュエル: 「職人になりたいという人が増える限り、塩は無限に収穫できますよ。」
エマニュエルの言葉どおりに、
ゲランドには世界中の若者が塩つくりを学びに来るようになったそうです。
職人となってゲランドに住む人、
自然保護区の手入れのためにボランティアを志願してくる人・・・・・
ゲランドは
理想のサンクチュアリとなりました。
生き物たちにも、そして、人間たちにとっても・・・。



こもれびガーデン
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Posted by komorebigarden at 20:55│Comments(0)
│ゲランド塩田から